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アレキシサイミア、すなわち失感情症は、一九七〇年代に初めて報告された情緒的障害だ。児童期に情緒発達の段階をきちんと経ることができなかったり、深刻なトラウマを負った場合、あるいは先天的に扁桃体が小さい場合に発生すると知られている。扁桃体が小さいと、感情の中でも特に恐怖をあまり感じることができない。
初めて読む種類の本でした。
主人公は感情、シンパシーを感じることのできない少年。そのため、「普通」がわからない。
普通、痛いと思う。
普通、かわいそうだと思う。
普通、怖いと思う。
普通、、、、、。
「普通がわからない」「普通に迎合したくない」という主題の本はよく見かけますが、これはもっと別の次元の話です。そもそも、感じることができないのです。
そして、彼が人の行動や感情に疑問を持つたびに、我々も立ち直って考えさせられます。いままで「こうなったら悲しい」「こうなったら嬉しい」などと当たり前に思っていたことが、理由を問われると、答えがうまく出てこなかったりするということを。
ストーリーは、失感情症のユンジェが語り手として進めていくので、感情が挟まれず淡々と進んでいきます。感情の描写がない分、彼の視点はありとあらゆる物事をとらえており、事細かに描写されています。
本来であれば、ユンジェの視点を通して描かれているため主観を通しての物語になるはずですが、主観がほとんど排除された客観の世界で物語が進んでいくことは、ある意味新鮮です。我々はそこに、あらゆる感情や共感を載せることができるからです。
感情を描くのではなく、物事を淡々と描写する。この点については、私が大好きな村上春樹の世界観に少し似ています。
共感すべき内容や感情が決められていない客観的な物語は、自分で考えるのではなく、正解を与えられたい人にとっては、不安や不満足感を与えるかもしれません。
しかし、自分で考えたい人にとっては、解釈を無限大に広げられるため、とてつもなく心地よい物語なのです。
BTSの番組『In the SOOP』で、RMとSUGA、J-HOPEが読んでいたことでも話題になりましたね!
本書は、感情を感じることのできない少年ユンジェの物語です。彼は、脳の扁桃体(アーモンド型に見える)が生まれつき人より小さく、感情を感じることができません。
ユンジェの母と祖母は、彼の目の前でハンマーとナイフを持った通り魔に殺されます。しかし、彼は、ただ無表情でと立ち尽くしていました。ただ無表情で。
そんな彼は学校で、乱暴者の不良少年ゴニと出会います。ゴニは彼に喧嘩を仕掛け続けますが、恐怖を感じることのできないユンジェの性質に次第に興味を持ち始めます。
ユンジェはゴニに触発され、感情が芽生え始めたところで、悲劇が起こるのです。
ユンジェの母と祖母は、彼の目の前で殺されます。彼は、無表情で立ち尽くしています。
周りにいた人々はスマホを取り出して撮影する者、遠くに離れていく者。誰も助けることもせず、みな観客のようでした。
しかし、そこで出会った不良少年のゴニは、彼の話を聞いて、
「俺だったら、毎晩ムカついて、悔しくて、夜も眠れないね。ホント言うと、この話を聞いただけで、何日か眠れなかったよ。俺だったらその野郎をこの手でぶっ殺してたよ」
というのです。
物語の中でユンジェは、ゴニとのかかわりで感情を知っていきます。
ゴニはその横暴な振る舞いや言動で、学校の人たちや父親にも距離をおかれている存在でしたが、
ゴニは僕があった人の中で1番単純で、1番透明だった。
と、ユンジェは言っています。そう、ゴニはだれよりも感情と行動が一致していたのです。
感情が芽生え始めたユンジェは、人々の行動の伴わない感情に対して疑問を抱くようになっていくのです。
本書では、ユンジェの母が「あまりに遠くにある不幸は自分の不幸ではない」であると言っています。そして彼は、あの事件の日について疑問を持ち始めます。
遠ければ遠いでできることはないと言って背を向け、近ければ近いで恐怖と不安があまりにも大きいと言って誰も立ち上がらなかった。ほとんどの人が、感じても行動せず、共感するといいいながら簡単に忘れた。感じる、共感するというけれど、僕が思うに、それは本物ではなかった。僕はそんなふうに生きたくはなかった。
なかなかぎくりとする内容なのではないでしょうか。
たとえば、私たちは、遠い異国の子供が貧困に苦しんでいるというニュースを見て、「心をいためたり」、「かわいそう」と感じることはできます。しかし、何もしない人が大半です。なぜなら、「遠すぎて関係ないように思える」からです。
同じクラスでいじめが行われていた場合、「いじめはよくない」「かわいそう」と感じる人は多いでしょう。しかし、実際に行動できる人はどれくらいいるでしょうか。「巻き込まれなくない」「見て見ぬ振りをしよう」と、動かない人がほとんどなのではないでしょうか。
感情を表す言葉と、その人の行動の乖離に驚くのは、子供のころ誰もが経験したことがあるでしょう。そして「大人は信用ならない」と思う。しかし、私たちも大人になるにつれて、そんなことも忘れ、「こうしないと大人の社会ではやっていけない」「世渡り上手になるためには必要なこと」等といって、感情と行動を乖離させていないでしょうか。
…そうなるには、君は感情が豊か過ぎるよ。君はむしろ、画家とか音楽家になる方が合ってると思うよ。
「恐怖も痛みも罪の意識も感じないなんて、うらやましい」と言うゴニに向けて、ユンジェがいった言葉です。
ここは、最も印象的なシーンの一つです。
そもそも、ゴニを不良少年と呼ぶのはいささか語弊があります。
彼は、両親と離れ、転々と暮らして生きてきた為、愛されることを知らずに育ちました。彼は、暴力をふるったり横暴な態度をとることでしかコミュニケーションをとれませんでしたが、その根底ではもっと注目されたい、愛されたい、強くなりたいと願っていました。
この本の中で、夫婦仲の悪い子供こそ非行に走る。それを解決しようと両親が協力して仲良くしてくれることを望んでいるからだ。そして、小さいころ非行に走った子こそ、大人になった時最も親孝行をするというものがあります。なんともぎくりとする文章ではないでしょうか。
そしてそんな彼に、周りは怯え、煙たがり、レッテルを張ります。しかし彼は、「お前はこういうやつだ」と決めつけられることを最も嫌っていました。
ユンジェは彼を決めつけることなく、彼自身を見つめていたため、彼という人間を理解していたし、お互いに偏見を持たずに接したので、二人は友達になります。
相手がどうしてそう思うのか、人の感情を知りたいと思っていたユンジェにとって、ゴニはとてもわかりやすかったのです。感情が豊かで、そしてそれが全て行動や言動と結びついているからです。
誰もがレッテルを張って、怖がり、陰口をいい、近づかないような不良少年にかけたこのセリフは、最も印象的なセリフの中の一つです。
本書は、ユンジェの母が古本屋を経営しており、それを彼が継いで行くため、本に関する描写が多くあります。
中でも、以下は最も「共感」した一節です。
映画やドラマ、あるいはマンガの世界は、具体的すぎて、もうそれ以上僕が口をはさむ余地がない。…その世界に、僕が変化させられるものは何もないのだ。 本は違う。本は空間だらけだ。文字と文字の間も空いているし、行と行の間にも隙間がある。僕はその中に入っていって、座ったり、歩いたり、自分の思ったことを書くこともできる。意味がわからなくても関係ない。どのページでも、開けばとりあえず本を読む目的の半分は達成している。
私は、映像や漫画よりも読み物が好きです。(もちろん映画や漫画もよく親しみますが)
なぜなら、そこには解釈の余地があるからです。そこにある言葉や文章から、あらゆるものが想像できるからです。正解なんてありません。もちろん著者の意図はあるかもしれませんが、読む人の数だけ解釈や感じ方は違うといっても過言ではないと思います。
人は、余白に惹かれます。
映画だって、結末に解釈の余地があるほど、魅力を感じることができます。たとえば、メイクだってそうかもしれません。こてこてにフルメイクされているより、引き算されているほうが魅力的に見えます。旅行だってそうです。分単位でスケジューリングするのではなく、隙間時間を持たせておくと、そこに新たな出会いや発見があったりするのです。
本は、余白だらけです。
余白の中を私たちは自由に楽しむことができます。もはや、意味がわからなくても関係ないのです。
ばあちゃんの言葉を借りるなら、本屋は何千、何万という作家たちが、生きている人も死んだ人も一緒になって押し合いへし合いしている、すごく人口密度の高い所だ。でも本は静かだ。手に取って開くまでは、まるで死んでるみたいに黙りこくっている。そして、開いた瞬間から話し始めるのだ。ゆっくりと、ちょうど僕が望む分だけ。
人が自由や幸せを感じるのは、裁量権がある時だとどこかで読んだことがあります。
読書には裁量権があります。
いつ、どこで、だれと、何を飲みながら、どんな体勢で、決めるのは全てあなたです。読みたくない時は読まなければいい。本はせかさない。それも私が読書を好む理由の一つかもしれません。
2020年本屋大賞 翻訳小説部門1位。韓国で45万部、世界14か国語に翻訳されている『アーモンド』。
3時間弱で一気読みしてしまいました。
本を読むのがあまり得意でない人にも、独特のリズムと語り口、そして気持ちを揺さぶられるストーリーで、全く飽きさせない内容になっていると思います。
気になった方は、ぜひお手に取ってみてください。
他にも感想を書いていますので、感想文を書くための題材を探している方は、こちらもご覧ください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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